Nikkor-D 40mm F4
このレンズはブロニカECのころにデビューした超広角レンズで,画角は90度,35mm カメラ換算で 22mm 相当となります.レンズ構成は8群10枚であり,第1レンズに凸レンズを配した,このころのニコンの広角レンズにはよく見られる構成です.35mm 判で同じF値,枚数構成のレンズというと,New Nikkor 20mm F4 およびこれの Ai バージョン,New PC Nikkor 28mm F4 などが挙げられ,デビュー時期もほとんど同じなので,どちらかとの比例設計か,その小改良なのでしょう. | 1979年のカメラ毎日のカメラ年鑑にはそのテスト結果が掲載されていますが,開放から全画面均質かつ高解像度を発揮していることが分かり,たとえば同時期のハッセルブラッド用 40mm F4 の周辺がた落ちの描写と比べると差は歴然としています.さすが,日本光学はレトロフォーカス型の設計では先行しただけのことはあるでしょう.実写においても,開放から十分な解像度を示しますが,さすがにビオゴンのようにはいかず,画面の周囲でも不満のない画質にするには1,2段絞る必要があると思います.また,たる型の歪曲収差がわりと大きめです. このレンズには後にマルチコートタイプが発売されていますが,残念ながら手持ちのレンズはシングルコートのタイプです.そのため,超広角であることも相まって,逆光ではコントラストの低い描写となりがちです.またコーティングの種類も偏っているため,発色もやや緑色がかります.ブロニカ用ニッコールでは最も構成枚数の多いレンズだけに,この点が気になる人,特にカラー撮影を中心とする人はマルチコートタイプを探すことをお勧めします.このレンズはフィルタ径が 90mm と大きいため,フードの流用も難しく,またフィルタもめったなことでは見つかりません. ブロニカはレンズの繰り出しを共通のヘリコイドユニットで行うために,このレンズを用いた場合,レンズの先端 15cm 近辺まで接写が可能である点も特筆に価します.
| Nikkor-H 50mm F3.5構成図は Nikkor Auto 28mm F3.5
このレンズはブロニカD型,つまり最初のブロニカと同時にデビューしたレンズです.レンズの表示はおそらく全て Nippon Kogaku 銘であり Nikon 銘のものはないと思いますが,焦点距離が cm 表示の初期のものも多くあります.後に8枚構成の Nikkor-0 50mm F2.8 に置き換わったためマルチコートタイプのものは存在しないと思われますが,広角レンズの割には枚数が少ないので,専用のフードを利用すれば十分でしょう.このレンズはフィルタ径 82mm と大きいのですが,巨大な専用の角型フードは数が多く,入手は割と容易です. | このレンズは非常にすっきりした描写でシャープかつ破綻がなく,最も気に入っているブロニカ用ニッコールのひとつです.特に夜景やイルミネーションを撮影したとき,その像が円形のまままったく崩れず,すっきりした描写を保つことは特筆に価するでしょう.これはコマ収差が良好に除去されていることを意味します.根本氏は以下の文献 [1] において,「やや乾いた感じに写る」と評していますが,まったく同感です.清流やクロムメッキの機械などを撮影したとき,ちょうどイエナのビオメターのように「濡れた感じ」に写るのは,ある程度のフレアによる演出である場合が多いのです.逆にあまりにフレアが少ないと,明るいと思っていたイルミネーションが,寂しいほど暗く写ってしまうことにもなりますが・・ さてこのレンズの構成は6群6枚,ニコンF用レンズで言えば Nikkor Auto から Ai-S Nikkor までの間発売された 28mm/F3.5 と同じ枚数構成です.ただし Nikkor Auto と Ai-S Nikkor では,レンズの並びは不変ながら,各エレメントの曲率や厚さは設計変更されているようです.もちろんブロニカの 1959 年12月発売,Nikkor Auto 28mm F3.5 の 1960年3月発売という事実を考えれば,Nikkor Auto と設計作業を共有していたであろうことは容易に推測されます.私はこの間の製品である New Nikkor 28mm F3.5 を所有していますが,レンズ表面に写りこむ照明の配置を比べると,ほとんど差がないことが分かります.実写でも,この New Nikkor はブロニカ用と同じように常にすっきりしたシャープな像を結び,発色もすばらしいと思います.また 1970年発行の文献 [2] では,Nikkor Auto 28mm F3.5 について,「コマ収差が非常に小さく,球面収差や非点収差とのバランスが良いのが特徴である.このため,開放絞りのままでもコントラストの高い鮮鋭な描写をする.」との記述があります. なお通常,35mm カメラと 66 判カメラのレンズはまったく異なる設計を行う場合がほとんどです.なぜなら66判は正方形画面であるためミラーの長さが画面の対角線長さ(=イメージサークル径)に対して長くなり,35mm カメラのレンズをそのままイメージサークルに合わせて拡大しただけではミラーと後玉が衝突してしまいかねないからです.しかしブロニカは,初期には下降型ミラー,また EC 以降は分割ミラーを採用し,ミラーに触れるギリギリのところまでレンズを後退させられる設計なので,このような問題は起こりません.
| Nikkor-P 75mm F2.8
このレンズはブロニカD型が発売された時に標準レンズとして設定されたもので,長い期間発売されていたこともあって様々なバリエーションがあります.初期のものは,右の写真と形は変わらないが Nippon Kogaku 銘で,焦点距離も cm 表示のものがあります.後に Nikon 表示となり,次にマルチコート化された Nikkor-P.C が発売されます.このレンズは最後期に,レンズの銘板が斜面の部分から,フィルタ枠直近に円盤状に記されるようになります.なお最後には,6枚構成となった Nikkor-H.C 75mm F2.8DX に置き換えられますが,このレンズは EC のころに発売になった当初は「デラックスタイプ」として Nikkor-P と併売されていました. | Nikkor-P 75mm F2.8 は,シュナイダーのトロニエが設計した,いわゆる「クセノター」タイプの設計となっています.ツアイスイエナではビオメター型と呼んでいる,ペンタコン6用の標準レンズも,ブロニカ用ツアイス製ゼンザノンもこの形式です.このタイプは,ニッコールでは,Micro-Nikkor 55mm F3.5 に採用されていますが,F2.8 のものは存在しないので,おそらく専用設計であると思われます.なお,Nikkor-H のほうは,4群6枚であるが通常のガウス型とは異なり,第1群が張り合わせとなるマキナのレンズと同じような設計です(がマキナのレンズとは同一の設計ではありません). さてこのレンズは,標準レンズでありながら,ある意味個性的な,ニッコールらしいレンズといえるでしょう.それは「中心優先主義」と言えるような設計であると思われます.実際,開放から中心部の解像度は非常に高いですが,設計上,像面湾曲が残っており,開放で無限遠を撮影するような場合には,画面の隅では思ったような像を得られない場合があります.しかしそもそも中判ではフィルムの浮きが無視できないレベルとなることが多く,レンズの像面湾曲を徹底的に除去しても報われないことのほうが多いのです.まるで競技のようにテスト撮影するような場合はともかく,無限遠の風景を三脚も使わずに開放で撮影するほうが異常なこと・・とニコンの設計者が思ったかどうかは分かりませんが,ともかく実写の上ではシャープであることこの上ありません.ただ中距離にピントを合わせた場合の背景のボケは二線傾向です.また周辺部の光量低下も多いほうです.以上の点に関しては,デラックスタイプたる Nikkor-H では改善したとされていて,実際,比較撮影の結果でもそのような傾向を感じましたが,中心部のキレでは Nikkor-P も譲らないと思います. これは,アサヒカメラ「ニューフェース診断室」におけるブロニカECのテストの項を見ても裏付けられます.このレンズの球面収差は非常に小さく,その量はほとんど計測限界以下であったということです.それに対して像面湾曲は大きく,中間画角に相当する18度近辺で 0.3mm もレンズ側へ寄っています.ただし非点収差はほとんどなく,この18度近辺までS像とP像の像面はぴったりと一致しています.つまり中間画角では,前ピンになるが,ピントが合えば中心同様にきっちりと解像するということを意味します.このような性格のため,平面を撮影するチャートテストや,開放で無限遠を撮影するテストでは周辺の解像度が劣って見えますが,上記のように無限遠を開放で撮るようなことは天体でもない限り異常なことです.また近距離でも,光軸に対し完全に垂直な平面を開放で撮ると言うようなことは,普通行わないと思います.開放で被写体を撮るときと言うのは,動体なのでシャッター速度を稼ぎたいか,意図しないところをデフォーカスしたいからであって,立体物を撮影するのが基本なのです.そして,そのような立体物を撮影する場合には,像面湾曲は,コサイン誤差を打ち消す働きがあるので,むしろ好ましい場合だってあるのです.先ほどの像面湾曲の値は,1m の距離で 5% だけ前ピンになることを意味しますが,これはちょうど,半画角18度の時のコサイン誤差の値と同じなのです.つまり距離 1m のところにある被写体については,画面の真中に被写体を捉えてピントを出し,その後カメラの向きを変えて画面の端のほうに被写体をずらしても,ちゃんとピントは合ったままになるということを意味するわけです.もちろん最初にフレーミングを決めて,それから端の被写体でピントを出してもきっちりと写るわけですが,中判カメラは画面の周囲が暗くて見にくいこともあるため,有効な設計といえるでしょう.またこのようなレンズがチャートテストやMTFでは評価が低くても,実写では優れた性能を示し,名レンズとしての名声を得るものです. またこのレンズはブロニカの機械的特色,つまりミラーを下降式としたことによる光学的バックの短さを最大限に利用して設計されています.そのためレンズはボディの奥深くに沈み込んだように,すり鉢状の鏡筒の奥深くに鎮座しています.レンズの外装部は絞りリングのみ,といった趣です.レンズの最前面は,マウントの取り付け面よりも奥に位置するのではないでしょうか.またそのために鏡筒がフードの役割を果たすというメリットもあります.「ブロニカはフランジバックが長い,だからレンズも悪い」としたり顔で語る人物は本質を理解していないと思ってもいいでしょう.
| Nikkor-Q 105mm F3.5 LS構成図は GN NIKKOR 45mm F2.8
このレンズはブロニカ用ニッコールとしては特異な存在です.つまりこのレンズにはセイコー0番シャッターが内蔵されていて,ボディ側のフォーカルプレーンシャッターのかわりにレンズ側のシャッターにより露出時間を調節します.そのため 1/500 秒の最高速でもシンクロ撮影が可能です.シャッターレリーズには,マウント内の絞込みレバーが用いられています.ボディ側のシャッターが押され,ミラーアップと同時に絞込みが行われたときに,その絞込みを感知してシャッターが走るわけです.しかし実際には,絞り込みからボディ側のシャッターが開放されるまでの間,レンズシャッターの作動を遅らせなければならないため,錘とバネを用いたタイマーが仕込んであります.そのためレリーズの瞬間には,わずかにカメラが光軸方向にねじられるような感触があります. | また,EC-TL と EC-TLII は,瞬間絞込み測光を実現するため,絞込みと同時にミラーアップを行わず,まず測光を行います.そのためタイムラグが長く,このレンズは仕様上,この2機種では利用できないことになっています.しかしこれはわずかなタイミングの問題であり,私の手持ちの個体では,なんとか利用可能なようです. 同じようなコンセプトのレンズはマミヤ645などにも見られますし,フォーカルプレーンシャッターを搭載したハッセルにCレンズを装着した場合などにも似ています.ただしこのレンズを発売することを,ボディの設計時では予測していなかったと思われ,そのせいでレンズ側のシャッターチャージを,ボディ側のクランク巻き上げとは別に行わなくてはなりません.しかしハッセルのCレンズと同様に,このレンズはレリーズ後,シャッターが閉じたままになるので,ボディをチャージしたがレンズは忘れていた・・ということは起こりません(画面が真っ暗となるため.)またボディ側の絞込みボタンを押すとシャッターが走ってしまうため,(シンクロ同調のテストにはなるが,絞込みの用はなさないため)レンズ側に専用の絞込みレバーがあります.これは操作している間だけ絞り込まれるタイプであり,ハッセルのレンズのようにリセットの操作は要りません.またハッセルと同様,レンズシャッターの露光が終わるまでにボディ側のシャッターが閉じることのないよう注意する必要があります. シャッターがセイコーの汎用品であるため,M/X/V の切り替えももちろん搭載しています.特にVのモードにし,ボディ側をタイム露出(バルブにして,シャッターボタンを押下後,ロックする)にすれば,セルフタイマー撮影が可能である点は面白いといえます(しかし私の所有する個体では,セイコーシャッターらしく?セルフタイマーが走らなくなってしまっています.) このレンズはボディへの装着の上でも変わっています.つまり,他のブロニカ用ニッコールのようにヘリコイドユニットを共有せず,ボディからヘリコイドを外し,大バヨネットマウントに直接取り付けます.そのため明るさの割には相当重いと感じます.また,ヘリコイドが取り外せない,初期のD型とS型には取り付けることが出来ません.リアキャップはアルミ削り出しの相当ごついものがついています. レンズは Nikkor-Q という表示からも分かるとおり四枚構成で,テッサー型です.同焦点距離・明るさのレンズとしては,69判であるマーシャルプレスに搭載されたレンズが挙げられますが,比べてみるとそっくりであり,おそらく売れ行き不振のマーシャルプレスから流用されたのではないかと思われます.他には,アイレスフレックスのレンズも F3.5 のテッサー型ですが,こちらは同じフォーマットでも焦点距離は 75mm であり,反射光の配置も異なって見えるので設計は異なると思われます.マーシャルプレスは専用にレンズが設計されたとのことですので,この時点で設計が更新されたのでしょう.このレンズは標準レンズと同様,レンズが奥まった配置となっていること,レンズの構成枚数が少ないことなどから,非常に鮮やかな発色を示します.ブロニカ EC 系はやりすぎとも思えるほど徹底した内面反射対策をとっていることもあり,とにかく濃い発色です.また解像度も十分であり,F3.5 の標準画角では,このタイプが発明された時点ですでに完成していたのではないか・・との思いがよぎります.しかしその描写の硬さからか,根本氏も[1], 「絞り開放から安定した描写を示すが,スタジオのポートレート用として見るとやや魅力に欠けるかもしれない」と述べています.
| Nikkor-Q 135mm F3.5構成図は GN NIKKOR 45mm F2.8
このレンズも最初のブロニカがデビューしたときに同時に用意されたものです.構成は4枚,おそらくテッサー型ではないかと思われます.人物撮影や風景撮影に使いやすい中望遠クラスで,明るめで軽量であることから比較的良く使っています.ブロニカはボディヘリコイドであるため,焦点距離が長くなるほど倍率が小さくなってしまいます.その点このレンズは,標準的な 1/10 倍程度までなんとか寄れるので,200mm などよりは使いやすいと言えるでしょう.これは私が持っているレンズの中では最も古いものに属し,焦点距離表示は cm 表示です.またそのためかコーティング色も非常に薄く,Nikon S や S2 のころのニッコールを髣髴とさせます.幸いレンズ枚数が少ないため,適切にフード処理などをすれば大きな問題はありません. | レンズは,この鏡筒の先端部分に集中して配置されており,その様子からこれもテッサー型だと思われます..安直な気もしないではありませんが,このころのニッコールの例に違わずしっかりと組んであり,設計上望まれた性能はきっちりと出ていそうです.このぐらいの焦点距離,明るさは最も設計が楽な部類であると言われますし,大判レンズでも旧態依然とした単純な構成のレンズがほとんどであることを考えれば,レンズの枚数が全てではないことはわかるでしょう.しかしまた中望遠であればそこそこの収差も味として受け入れられやすく,期待する向きもありますが,このレンズもまたそつなくまとまった描写を示し,例えば 35mm 用のプラナー 85mm/F1.4 の独特の味のようなものは演出されていないと感じました.ただ他のニッコールでは9枚絞りのものも多いのに,私が所有するこのレンズは焦点距離の割には絞りが6枚と少なめであるのは残念な点かもしれません.
| Nikkor-P 200mm F4
このレンズは最初から用意されていたレンズではありません.なぜならブロニカは当初,望遠系に関してはS型ニコンのレンズを流用するように考えられていたからです.S型ニコンのうち 180mm 以上の望遠レンズは,レフボックスという簡易一眼レフ撮影装置を介して取り付ける方式だったので,フランジバックの面ではブロニカを上回る長さでした.ブロニカ専用のマウントを持つレンズもあったようですが,S型レフボックス用のレンズをブロニカD,Sの大バヨネットに装着するアダプターも存在します. | 閑話休題,この 200mm レンズは,ブロニカのヘリコイドユニットを共有する(小バヨネットに取り付ける)レンズとしては最長の焦点距離を誇ります.そのため最短撮影距離が 2.8m から 3.3m と長く,専用のクローズアップレンズが付属していたことでも有名です. このレンズは結局ブロニカが終息するまで発売され,また最初から用意されていたのではないにせよ,割と初期に出たレンズであることから,様々なバリエーションがあります.私の所有するタイプは先端が銀色で,フードが組み込まれたタイプですが,最後期には先端まで全黒,マルチコートのタイプまであります.私が所有するのは Nippon Kogaku 銘なので,比較的初期の製品かもしれませんが,最初期のものはフードが内蔵されていないものがあります.またレンズの構成も不変ではないように思います.私が所有しているのは後玉が大きいタイプだと思いますが,記憶に頼っていますので,比べてみないとはっきりとは分かりません. このレンズは上記のように寄りが効かないので,自然と風景撮影などに用いることになりがちですが,ブロニカには無限遠からピントが出るベローズが何種類かあるので,気になる方はそれを用いると良いでしょう.ただしレンズが長く重いので,ボディのヘリコイドを使った場合でもフォーカシングが重く感じられる場合があります.描写は,破綻はありませんが,開放からバッチリ高解像度という印象もありません.ブレなどにも弱い焦点距離であり,被写界深度も狭いので,厳密なテストが難しいと言う面もあるかもしれません.
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当ページでは,以下の文献を参考にしました.特に文献[1]は非常に参考になりますので一読されることをおすすめします.