距離計連動式ニコン

 現在のニコンはもともと「日本光学工業」といい、戦前・戦中は主に「光学兵器」と言われる潜望鏡などの軍需品を製造する会社であった。それが終戦後、民需品に転換するにあたって35mmフィルムを使う小型カメラを製造販売することになり、1948年に発売となったそのカメラにつけられた名前が日本光学の略称「日光」をもとにした「ニコン」である。

 当時は高級小型カメラというとライカのような、フォーカルプレーンシャッターを備え、随時交換可能なレンズに連動する距離計(レンジファインダ)を備えたカメラであった。そのためニコンも、1959年に発売された一眼レフカメラ「ニコンF」までの11年間は距離計連動式のカメラだけであり、すべての形式をあわせて10万台あまりが製造された。また、2000年から2005年にかけてS3、SP型が3回に分けて復刻再生産されている。

 距離計連動式フォーカルプレーンシャッターカメラは、前述のようにライカがその代表であり、国産のキヤノン、ニッカに見られるように戦前から戦後まで数多く作られたこの形式のカメラの多くはライカのコピー、またはそれに端を発した改良型がほとんどである。また、ライカとは全く異なる構造を持つカメラとしては、ドイツのもう一方の雄であるツァイスイコンが販売したコンタックスが挙げられる。ニコンはシャッターメカニズムにライカを、レンズマウントやフィルム装填方法などはコンタックスを参考に作られているが、それゆえ他にない個性を持ったカメラとなっており、その高い信頼性とレンズ性能から世界中で高く評価され、戦後の日本光学を支える屋台骨となった。

 ここではそのような距離計連動式ニコンのうち、代表機種であるS2、SP、S3の3機種を紹介する。距離計連動式ニコンに関しては書籍も多数出版されており、ウェブ上にも既に豊富な情報が提供されている。そこでここでは大きな画像を提供し質感を確認していただけるようにしたのにあわせ、細部や周辺的話題、私的な好みにこだわってそれぞれを紹介してみたい。

Nikon S2 (1954)

 ニコンI(イチ)、M、Sに続く4つ目のニコンということになるが、S型まではIの設計を基本としているのに対し、S2型では改めて全体を設計し直し、根本的な性能向上が図られている点が多数ある。

 【画面サイズ】I型は「ニホン判」と言われた、少し横幅の短い32x24mmの画面サイズで40枚撮りであったが、これがフィルムの自動裁断機に合わないという問題があったため、M型とS型ではいわゆるライカ判と同じフィルム送りに変更され、36枚撮りとされた。しかしI型の設計ではシャッター幕の走行距離が足りず、画面を広げたものの幅は34mmという中途半端な値になっていた。そこでシャッター周りの設計を修正し、ニコンでは初めて36x24mmのライカ判フルサイズでの撮影が可能となったカメラになった。その他、S型に比べるとボディを製造する方法が変更され(砂型鋳物からダイキャストに変更)、大幅に軽量化された。フィルム巻き上げがノブをつまんで回す方法からフィルム式カメラではその後主流となるレバー式になり、またフィルム巻き戻しもノブにクランクが設けられた。

 【ファインダ】S型までは 0.6倍の縮小倍率が掛かっていたファインダが、S2型では等倍となり、被写体が大きく見えるようになった。それによって距離計の精度も向上し、望遠レンズでも正確なピント合わせができるようになった。普通、S型のように縮小倍率がかかったファインダでは、ファインダの前枠によって区切られる境界部分が割とはっきりと見えるので、それでフレーミングをすることができる。これはS型だけでなく、コンタックスも同様の設計だが、等倍になるとファインダ前枠がぼやけて見えてしまうようになる。そこでS2型ではニコンとしては初めて、アルバダ式のブライトフレーム機構を組み込んだ。S2型では 50mm レンズ用のフレームだけが表示されるので、アルバダ式ファインダに必要な凹面の反射鏡を周囲部分だけに設けることが出来、そのおかげで画面はかなり見やすい。以下のSPやS3と異なりファインダ構造が単純で、全面蒸着型の半透過鏡を用いているため、明るさによって変化する瞳孔径に関係なく距離計が明るく見え、暗い環境では距離計二重像がもっとも明るく見えるのもS2の美点である。

 【シャッター】やはり改良されているもののS型と同じような同軸2段式のシャッターで、根元の低速部分はそのまま回せばよいが、上部の高速ダイヤルは上に引っ張ってから回さないと速度が変えられない。またシャッターを切ると高速ダイヤルは回転するので、シャッターを切る前後で向きが変わる。これは要するに、バルナック型ライカの設計をほぼ引き継いだためで、そのため、使い勝手はバルナック型とほぼ同じと言って良い。ライカが、根本的に新しい設計のカメラM3を発表するのが同じ1954年なので、特に遅れた方式というわけではない(バルナック型は低速ダイヤルがボディ前面にあるところ、ニコンでは最初から同軸2段にしていて使い勝手が良い)が、M3の登場は以降のSP、S3型に多大な影響を与えることになる。シャッターダイヤルは 1/1000 秒の時だけ、もとの高さまで降りずにちょっと飛び出した格好になるが、それで正常。またシャッター速度の数値が 1, 2, 4, 8, 15, 30, 60, 125, 250, 500, 1000 という倍数系列に変更されたが、これは日本製のカメラとしては最初であったらしい。

 【使用感】前述のようにS2型はライカM3の発表後に発売されたので、M3の仕様を参考に急遽、設計変更された部分もあると言われているが、それまでのバルナック型ライカやキヤノンなどいわゆるライカコピーに端を発するもの、またはコンタックスIIa等に比べても、いろいろな点で意欲的なカメラだったことがわかる。よく言われることだが、ニコンは「バルナック型ライカのシンプルで丈夫な構造に、コンタックスのマウントやフィルム装填方法を取り入れた」カメラだが、S2型ではそれに大幅改良を施して、精度と使い勝手を大幅に向上させたファインダ・距離計を搭載したカメラである。実際に使ってみると、もちろんその後のSPやS3に比べ、シャッターダイヤルの操作方法や、フィルムカウンタが自動復元でないところなど、「バルナック流」のお作法を守らないとならない部分はあるものの、単純でありながら十分な機能と使い勝手を備えていて、"simple is the best" という言葉を思い出さずにはいられない。そもそもシャッター速度はそんなにひんぱんに変えるものではないし、日中屋外なら低速ダイヤルを使うこともないので、この方式で全く困ることはない。ニコンFまで引き継がれた、この後ろ寄りのシャッターボタンの位置も距離調節ギアを中指で操作する「正しいニコンの握り方」なら自然に押せる位置だし、そもそもこれはフィルム送りスプロケットの中に軸を通すシンプル構造ゆえにバルナック型と同じだから、ことさら指摘されるようにニコンだけの問題ではない。その上、前述のようにブライトフレーム入りの覗きやすい等倍ファインダで軽快に撮影できるのだから、特に標準レンズファンを中心として、ニコンを実際の撮影に使っている人にS2ファンが多いのも頷ける。

 【外観】そしてニコンS2のもう1つの魅力は、そのデザインだと思う。独自性のある、Nに曲線が使われたこの "Nikon" ロゴは、このS2で最後である。のちのモデルに比べ堂々と大きく刻まれていて大変に格好良い。また以下の比較写真をご覧になるとよくわかるが、後のSP、S3などと比べエッジが立てられた形状をしていて、90度で曲げられた角の他に、45度に面取りされた部分などが各所に配置されていて、8角形のボディ全体の形ととてもよく合っている。さらに等倍ファインダを備えたことで軍艦部の端の一部だけが盛り上がったデザインはS2の機能的特徴を最大限かつ端的に表現していて、これこそ機能美と言えるものである。いわば男性的な形状デザインであるが、それに加えてシャッターダイヤル、レンズマウントなどの付属部品の仕上げや質感がよく輝く梨地のボディにマッチして、宝飾品のような美しさがあると思う。個人的には歴代のニコンの中で、もっとも格好がよく、かつ美しいカメラだと思っている。

 【開発経緯】文献[1]によると、ファインダの改良研究はニコンSが発売される前の1949年から開始されていたとのことである。最初の試作機は基線長84mm, 倍率0.7倍であったが、基線長が長いためにカメラの設計に影響が大きいことと、試作の結果性能が良くなかったことから、次に1951年から52年にかけて 35mm - 135mm に対応した変倍式(4段切り替え式)のファインダが研究された。ちょうどキャノンVI型等に搭載されているものに似たものではないかと考えられるが、こちらは重量の問題があって放棄された。1953年からはS2型に採用された基線長60mm, 等倍のファインダが検討されたが、続いて0.8倍、0.89倍など10種類ほどの試作が行われ、中には50mm - 135mm まで4種類の枠を持ち、パララックス自動修正されるもの、視度調節ができるもの、視野枠が黒線で出るものなどがあった。M3が登場するまではファインダ倍率は0.8倍とされており、それが製造されかかっていたが、M3の発表を受けてこれに対抗すべく販売を半年ほど遅らせ、等倍とした[2]ことで、倍率と有効基線長の両方がM3を若干上回ることになった。巻き上げレバーも、M3の登場により急遽設計変更された点の1つである(当初はSと同様のノブ巻き上げであったが、発売前に変更されたので、市販されたものはすべてレバー巻き上げ式)。

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Nikon SP (1957, 2005)

 SPは言わずと知れた、ニコン史上もっともスペシャルかつプロフェッショナルなカメラである。ニコンは、S型ニコンやニコンFなどの時代、プロ向けのいわゆる高級機しか作っていなかった。その後、次第に普及クラスのカメラも手がけるようになったが、現在もニコンD3などのプロ向けカメラに定評がある。プロ向けの機種は伝統的に「F3」「D1」のように一桁の数値で世代が表されていたため、「ヒトケタ機」として独特の地位を保ち続けており、言ってみれば、S2やS3は現在のD3のようなカメラである。その点でSPの地位はというと、ニコンがプライドをかけて設計製作した、やれることはすべてやったという突き抜けたカメラであり、一連のプロ向け「ヒトケタ機」の中でも図抜けた存在であると言えると思う。

 【SPとM3】このSPが登場した理由はもちろん前述の、ライカM3の登場である。それまで脈々とバルナック型の改良を続けていたライカが、なぜM3のような、あらゆる意味で優れ、新しく、かつ正しいカメラを作り得たのかはわからないが、とにかくM3がなければニコンはS2でしばらくの間、最高のカメラの栄誉に欲することができたはずである(事実、M3が登場したにも関わらず、S2は米国を中心として大変高い評価を得たとのことである。M3は素晴らしいがあまりに複雑だ、という感覚がそうさせたのだと思う)。M3の登場を受けてニコンは、まずは第1弾としてS2に対し発売前にいくつかの小改良を加えた(前述)。次に、より正面から対抗したカメラとして開発されたのがこのSPである。・・と様々な文献で述べられているが、ニコンからの「本当の反撃」は1959年発売の「ニコンF」である。その第3弾の反撃は大成功を納めてライカを完膚なきまでに叩きのめしたのであるが、それはまた別のストーリーである。

 【新機能】SPに施された新しい機能の多くは、まさに商品力として「ライカM3に対抗する」ためのものが多い。SPの特徴として挙げられるのはファインダであるが、それを差し置いても、自動復元式の(つまりフルオートの)フィルムカウンタ、1軸不回転式・等間隔目盛りで露出計に連動できるシャッターダイヤルの2つの機能は、新世代のカメラに備えられるべき基本機能として短期間のうちに開発されたものである。これらのメカニズムは次のS3や、さらにその翌年のニコンFにもそのまま搭載されているが、このニコンSPから十二分な信頼性・耐久性を持って機能するのは特筆に値する。

 【ファインダ(標準〜望遠用)】ファインダは 28mm - 135mm までの6種類の焦点距離に対応したという点で記録的なスペックを誇り、実際にかなり凝った構造のものである。しかし、これをM3と比べると、ある意味でニコン的な合理性のもとに開発されたものだと思う。M3は 50mm から望遠側の3つの焦点距離に対応したファインダを備えるが、最大の美点は実像式と言われるケプラー式の光学系を距離計可動像のほうに用いたことで、距離計の二重像部分の境界がはっきりしている点であろう。この方式では境界部分で上下合致式を使うこともでき、それによって距離計の精度が高いといわれるが、実際に使ってみると二重像部分にはもとの像も重なって見えているため、一眼レフのスプリットプリズムのようには見えず、そんなにやりやすいものではない。しかし距離計の二重像がどこにあるのかがすぐに把握することが出来、それが使い勝手につながっていると思う。しかしこれを実現するためにはレンズが増える上、ケプラー式の光学系はもともと像が上下・左右に反転するためプリズムでそれを戻す必要があり、大変なコストアップになってしまう。そこで結局ニコンとしては、従来型の逆ガリレオ式の光学系でやるほうが合理的と判断したのだと思われる。そもそもニコンは、ライカM3の距離計よりも遥かに高度な、砲撃用の距離計(戦艦大和・武蔵に搭載されたものが有名である)を製造した会社なのだ。もちろんガリレオ式なら従来のS2の経験を生かすことが出来、実際に距離計の部分はよく似た構造になっている。等倍の距離計ならプリズムだけでよく、レンズが不要であるという合理性もある。

 【ファインダ(広角用)】実はニコンSPにはケプラー式の光学系も用いられている。それは広角側のファインダである。広角側のファインダではレンズによって一旦像が形成され、それをルーペ光学系によって観察するという構造のため、その像の部分にマスクをおくことで視野枠の境界線や 35mm 用のフレームががはっきりと表示される。ケプラー式であるから必ずプリズムによる像の正転が必要であるが、そのプリズムは同時に広角側ファインダ接眼部を距離計側ファインダ接眼部に近づける働きや、必要な光路の長さを確保する役割も果たしており、プリズムにコストがかかるが、なかなか合理的な設計だと思う(バルナック型ライカでもIIIcから、ファインダと距離計の接眼窓を近づけるためにプリズムを用いている)。距離計側ファインダで広角レンズに対応すると、ファインダ倍率が下がって望遠レンズ撮影時に必要な測距精度が下がってしまったり、視野が広すぎてフレームが見づらくなってしまったりするので、測距の必要性が低い(目測で事足りることが多い)広角側ファインダを分けるという考え方は、距離計連動式カメラの使われ方や特性を生かした、優れた設計だと思う。

 【採光式ブライトフレーム】ブライトフレームはS型ニコンでは唯一、前面採光式となっていて、アルバダ式ファインダのようにギラギラした面がなく、顔に直射日光が当たるような条件でもファインダが大変見やすい。上で書いたようにニコンS2でも標準レンズを使うのに必要十分であるが、顔に直射日光が当たると視野の周囲に肌色がかぶったり、ブライトフレームが白黒反転したりすることがある。SPではそれがないため、フレーム切り替えの必要がない標準レンズだけでの撮影でも、SPを使う理由にはなると思う。パララックス補正されることも大きい。

 【チタン幕シャッター】このニコンSPにはチタン製のシャッター幕が用いられている。ニコンでは1959年発売のニコンFからこの素材をシャッター幕に用いているが、その頃からSPのシャッター幕も布からチタンに変更され、後期のおおよそ 1/3 ほどがチタン幕を搭載したSPである。レンジファインダーカメラでは日中屋外でレンズの絞りを開いていると、太陽光がシャッター幕面に像を結んで幕を焦がしたり、最悪では穴をあけることがあると言われているが、チタン幕を搭載したSPではその心配はない。レンジファインダーニコンでは、チタン幕は後のS3、S4では採用されず、他には1965年に約2000台ほど再生産されたS3に搭載されているだけなので、通常生産モデルとして(つまり比較的安価に)チタン幕を搭載したレンジファインダーニコンを入手するにはこのSPの他にない、ということになる。なお 2000-2005年に再生産されたニコンS3、SPには布幕が採用されている。

 【デザイン】SPは、広角用ファインダからブライトフレーム用採光窓までをつないだ大きな窓がデザイン上のアイデンティティだと言える。複雑なファインダ機構によってS2型の盛り上がった段差部分は幅を広げ、その間の斜面が距離計窓の下の斜め線と合わせられ、ずれた「断層」のようになったデザインはなかなか格好良い(ニコンS2で唯一曲線的な印象を与える距離計窓下の丸い段差は、戦前のコンタックスIIの真似であるから、それを改めたかったということもあるのかもしれない)。ただ、従来のニコンは角が立っていて長時間使うと痛いというクレームがあったらしく、SPからはほとんどのエッジが丸められ、角にもRがつけられた。これは製造における微妙な差というレベルではなく、はっきりと設計レベルで変更されたものだ。この変更が全体としてどことなく柔らかい印象を与える要因になっていることは以下の比較画像で明確にわかると思う。しかしその反面、中身は硬派一点張りで、肉厚が高められた部品が採用されるなど一層の耐久性向上が図られているということである。大きくなったファインダ窓に追いやられたNikonロゴなども含め、スペシャルなカメラゆえの異端的な自信がデザインに表現されていると思う。

 【開発経緯】文献[2]によると、日本光学ではそもそも一眼レフの利点に早くから着目しており、いたずらに距離計連動式カメラを複雑化させることには合理性がないとの判断で、上層部では「S2の後は一眼レフだ」という話になっていたらしい。それが米国代理店のエーレンライヒ氏の「M3に対抗できるカメラを」という強い要望により、SP、S3とFの開発が同時に進められた。更田氏によると、エーレンライヒ氏の提言がなければS2以降のカメラは一眼レフ化されていた可能性が「非常に高い」とのことである。そのため、製造上でもなるだけ部品をFと共通化することが求められ、できれば同じラインで流したいという要望があった。つまり、よく言われる「M3に対しSPで対抗したものの及ばなかったため、一眼レフへかじを切った」という説明は正しくない。また、SPの開発時には新しいマウントへの変更も検討されていた。新しいマウントにアダプタを装着することで従来のレンズも利用できるというコンセプトであったが、そのアダプタがショックに対する耐久性を満たせないという理由でこの計画も放棄された。もっとも、2年後に発売されたFで新しいマウントが採用されているので、いたずらに新型のマウントが採用されなかったのは幸いであったと言える。

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Nikon S3(1958, 1965, 2000, 2002)

 ニコンS3はSPに半年ほど遅れて発表された、いわばニコンS2の後継機種としての「通常モデル」のニコンである。そのためSPに対してファインダが簡略化されているが、ただ単に簡略化しただけではなく、S3ならではの特徴が盛り込まれているところがすばらしいカメラである。

 【35mm に対応したファインダ】S3のファインダはS2と同じアルバダ式ブライトフレームを備えたファインダであるが、50mm レンズ用のフレームしかないS2に対し、S3では 35mm, 50mm, 105mm の3つのレンズに対応したフレームが常時表示されている点が異なる。35mm に対応したといってもファインダの倍率は縮小されておらず等倍で、非常に大きな視野の最外周のブライトフレームも(よく、見づらいといわれるが)裸眼であれば十分見渡すことができるようにファインダ接眼窓も大きくされている。SPの 28mm, 35mm 用ファインダには距離計像が重ねられていないため、35mm レンズで精密なピント合わせをしながらすぐにシャッターを切りたい場面ではS3のほうが優れていると言える。そのためこの写真でも、S3には 35mm F2.5 レンズを装着してみた。ただ、全てのブライトフレームが常時表示されているのは、ブライトフレームの線が太いことと相まって確かに煩雑な印象で、S3Mのような簡単な機構で良いので切り替えられるようにして欲しかったと思う。

 【ファインダ形式と見やすさ】105mm のブライトフレームを表示するために、アルバダ式ファインダの反射面はS2から変更されている。S2では外周のみにブライトフレーム用の全反射鏡が構成されていたのに対し、S3では中央部分を除いたほぼ全面が半透過鏡となっていて、視野の中心付近の 105mm 用ブライトフレームがきちんと見えるようになっている。中央部分は蒸着されておらず、それに対応した領域は距離計像を導く半透過鏡に対応している。ただしなぜか、S3の距離計用半透過鏡はSPのそれより小さく、単なる長方形となっていて、暗い室内などの環境では瞳孔の径より小さいために距離計の反射像が暗く見えてしまうという問題がある。明るいところでは距離計は見やすくなるが、反面、距離計像の周囲にドーナツ型に若干明るい部分ができてしまう。S3でもSPと同じ、より面積が大きな台形の反射領域を設けるべきであったと思うのだが、1965, 2000, 2002年のそれぞれ再生産モデルでも変更されていない。結局、暗いところで距離計が最も見やすいのはS2、僅差でSPとなる。明るいところではSP、S2の順であろう。

 【その他の機能】S3がSPと異なる部分はファインダだけである。つまり1軸等間隔目盛・非回転式シャッターダイヤルや自動復元式のフィルムカウンタ、セルフタイマーなど、その他の機能はすべて備わっている。そのためS3はSP同様にとても扱い易い。

 【再生産とデザイン】上のシルバーのカメラは1958年現役当時のニコンS3ではなく、2000年に再生産されたモデルである。「復刻」と言われているが、非常に良く再現されており、いたずらに今風の素材を用いたり、設計を変更していないため、1965年のモデル(左の黒色のカメラ。この時期のカメラのみチタン幕)と同様に再生産といっても差支えないような内容だと思う。ただ写真でわかるように、梨地の仕上げは当時のものよりもマットな感じで輝きが抑えられており、クロームであることには間違いはないが、見た目はアルマイト梨地の仕上げに近い感じである。2002年にはブラック仕上げ "Limited Edition Black" が販売されているし、それよりずっと前の1965年にも2000台が再生産されているので、S3はもっとも頻繁に再生産されたニコンであると言えるだろう。なお、Nikon のロゴにはSPと同じものが用いられているが、SPの「なんとか空いたところに刻みました」といった感じから比べると、相対的にちょっと小さすぎるように見えてしまう。2000年モデルに付属の 50mm F1.4レンズ(上のSPに装着されているレンズ)は素晴らしく高性能で、シャッターもファインダも非常に正確なS3-2000で使うと、今のカメラに遜色はない、どころか、なかなか得難い良い画質と正確なピントを得ることができる。

 【開発経緯】先に発売されたSPの製造オーダー番号が 26F2B であるのに対し、S3は26F1Bで、番号はS3のほうが若い。これは最初からこの2機種をシリーズ化する予定で設計製造されたためで、複雑なほうを優先して開発製造した関係からSPが先に販売されたとのことである。しかし結果的にはS3のほうが短命で、先に製造を終え、製造台数も12,000台程度とSPの半分程度である。しかしその後、1965年に2000台、2000年に8000台、2002年に2000台が再生産されているので、それらを合わせるとSPの生産台数を超える。

解説動画

GIFアニメで比べるニコン


【全体の印象】 S2(前期型)ではほとんどの部品がシルバー仕上げで統一感がある。それに対してS2の後期型やSP、S3では黒色の部品が導入され、これは機能的ではあるが若干ごちゃごちゃした印象を与えている。S2は全体のエッジが立てられているのがわかり、エプロン部の下の隅まで尖った形になっている。

 2000年モデルのS3は使用できる化学物質の違いなどがあったらしく、梨地が従来のニコンよりもマットな仕上げで、色合いも若干寒色系のように思われる(写真は露出の違いにより、より強調されてしまっている)。またフィルムカウンターカバーなど削り出しの部品は、ほとんど鏡面仕上げのような平滑な仕上げになっており、これは工作機械がより高速回転するようになったためという話である。

【細部の仕上げ】 S2とSP以降の細部の仕上げの違いがよくわかる。エプロン部と軍艦部のカバー部品の合わせ目を見ると、S2では直角に切り取られた部分にエプロン部の角が収まっているが、SPではそこが明確に丸められていることがわかる。他にも稜線のすべてが丸の面取になっていて、45度でわずかに面取されたような形のS2とは大幅に異なる。S2の面取はプレス加工では再現が難しいと思われる形なので、手作業で加工されている部分も多いのではないかと思われる。それに対してSPの形であればプレスでほぼ最終形状に持ってくることができると思われるので、製造上でも有利であったと考えられる。

 SPとS3の形はほとんど同じようでいて、実は微妙に異なるのも面白い。SPの距離計窓周囲の膨らみはエプロン部の上端に達しているが、S3では独立した段になっている。様々な個体を観察すると、オリジナルのS3も同じようである。また2005年のSPもちゃんと、オリジナルのSPと同様に上端と一体化した形が再現されていて、なぜこの部分の形が違うのかはよくわからないが、ともかく一連の再生産モデルの再現度の高さを感じさせる部分である。

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【ファインダ接眼部分】 アルバダ式ファインダの反射鏡により、S2とS3ではファインダ内に撮影者と部屋の様子が写り込んでいるが、SPではそれがない。S3のファインダは視野が大きいため、その分接眼窓が大きくなっている。SPではもちろん、広角側のファインダがあるため接眼窓が横長になっている。

 この写真を見ると、S2に比べてSP、S3はボディの高さが若干高くなっていることがわかる。SPではその中にファインダのブライトフレーム切替機構が収められていて、一方S3では広角をカバーするためにより大型になったプリズムが格納されている。S2ではシンクロタイミングの切り替えダイヤルであったものが、SPではほとんどそのままの形でブライトフレームの切り替えダイヤルに変更されているのが面白い。

【レンズマウント】 距離目盛にはメートル表示のものとフィート表示のものがあるが、S2はほとんどすべてがフィート表示であり、手持ちのものもそうである。S2の後期型とSPでは内周が黒色仕上げになって見やすくなったが、個人的な好みでは、S2のもののほうが美しいと思う。とはいえSPの黒色のものも大変美しい仕上げであり、精密感を感じさせる部分となっている。2000年以降の再生産モデルのS3、SPはすべてがメートル表示になっている。

S2のエッジがほかよりも立っていること、S2にはセルフタイマーが備わらない(セルフタイマーが備わっているレンジファインダーニコンはSP、S3、S3Mのみ)であることがわかる。


【シャッター幕】 写真はS2とSP(後期型)のシャッター幕である。S2以降のシャッター幕は材質が大変良く、トラブルを持っているものはほとんど見かけないが、前述のように太陽光によって焦がす危険があるのは確かである。それに対しSP後期型や1965年の再生産型S3のチタン幕にはその危険がない。この種の金属製巻き取り式のシャッター幕には他にも多くの例があるが、往々にして耐久性が低かったり複雑すぎるものが多い。コンタックスの鎧戸式シャッターは前幕・後幕のかみ合わせや左右のリボンにトラブルが起こることが多い。またハッセルブラッド 1000F, 1600F やキヤノン7等の幕はよれたり波打ったりしたものが多いが、ニコンのこれは十分な耐久性を持ち、それはニコンFの実績からも明らかである。その後ニコンは一貫してこのチタン製巻き取り式のシャッターを高級機に採用し、改良を加えながら、なんとデジタルカメラが全盛を迎える2000年までニコンF3のために脈々と製造し続けてきた。もちろんニコンSPもF登場前の約 2/3 は布幕であり、また2005年発売の方も布幕であるが、そちらのほうが若干静かでやわらかい感触のシャッターの切れ味である。シャッターの材質はシリアルナンバーでもおおよそわかるが、見た目に明らかなので裏蓋をとって確認するのが良い。

文献

[1]荒川龍彦、明るい暗箱、朝日ソノラマ刊
[2]座談会 ニコンSシリーズからFへ(出席/更田正彦・福岡成忠)、カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.46, 朝日ソノラマ刊

その他の外観写真