ニョキパタ時計

ポイント

コンセプト

液晶やLEDが普及する前のデジタル時計といえば、パタパタ時計(split flap clock)が有名だ。昭和の一時期にはかなり普及したのでよく知られており、私自身も子供の頃に父からもらったものを自室で使っていたし、今でも新品が製造され売られている。よってこれを3Dプリンタで作ろうという人も多く、いくつかの設計例が Thingiverse 等で見られる。しかしそれらには共通の問題がある。それは文字の書かれたフラップの製作である。

パタパタ時計は split flap と言われるように1文字を上下に2分割し、それを板の両面に印刷したものを用いる。これを家庭用の一般的な3Dプリンタで作るのは簡単ではない。複数の素材を組み合わせて出力できるマルチマテリアル(デュアルエクストルーダー)タイプなら可能だが、そうでなければ板に印刷物を貼り付けるか、手書きするか。もしくは3枚ほどの部品を張り合わせる方法もあるが、フラップの厚みが厚くなってしまう。これを3Dプリンタだけでなんとかできないか。とすると片面使いにせざるを得ない。それで抜き文字にするか、文字だけにすれば3Dプリンタで作成できるが、そうすると向こう側の文字が透けて見えるので、フラップを重ねると視認性が著しく落ちてしまう。となると、表示したいフラップ1枚だけを、本体から上か下に離して見せるしかない、ということで、この、ニョキっと文字が上に直立する動きは、3Dプリンタの制約から必然的に生じたものなのである。

最終的に作成した時計は上のように、あえてすべてのメカがむき出しで見えるようなデザインとした。フラップが落ちる関係で、これらを隠そうとすると非常に大ぶりになってしまうという事情もある。3つの回転ドラムがあり、それらのドラムの間はゼネバ機構で連結した。ステッピングモーターを背後に1個設置し、それで全体を駆動している。3Dプリントのスプリットフラップ時計では各桁をそれぞれ別のモーターで動かすものが多いが、この時計では機械的な連動により1個のモーターで片付けているのもこだわりポイントである。

過去に経験のない機構は、その部分だけを取り出した部分試作を行うことが多い。この時計では上の図にあるような、フラップの直立機構を一度部分試作した。従来のパタパタ時計では、フラップは両端の円筒の内側に取り付けられている場合が多いが、この時計ではそれを反転して外側につけるようにし、側面のガイドカムをフラップの基部に押し当てて直立させる。ここの形状は適当に作ってもそれなりに動くが、上の図のような設計にすることで円筒の停止位置のズレに対して許容度が高い(フラップが傾かない)という特性を与えることができる。これは特に、各桁を機械的に連動させるためには必須の機構である。それぞれの桁の停止位置を精密に調整するのが難しいためである。

3Dプリントで時計を作る試みは大量になされているが、動かすことに精一杯で時刻合わせのことは忘れているような設計も多く見られる。私のポリシーとして、分解なしに、それなりの手間で時刻合わせができることを条件にしている。この時計ではラチェットギア(ワンウェイクラッチ)で10分と時間を早送りできるように作った。どうせフラップの構造上、正転しかできないのでこれで良い。前述のようにゼネバ機構を用いて桁間を連動させているが、1:2の減速ギアを組み合わせることで同じ形状をコピーして使っている。この関係で10分と時間の間はゼネバ機構の後に1:2の減速ギアを置く必要があるが、1分と10分の間ではギアを先に持ってきて、ここをモーターで駆動することで時計の幅がむやみに増えるのを防いでいる。特に1分と10分の間の距離は時刻表示の見やすさ・自然さにも影響するので軽んじることはできない。

作りやすさのためには部品同士をできるだけ一体化して部品点数を減らす必要がある。また、かつコンパクトなサイズにすることのほか、ちゃんと組み立てができる構造にするのも、当然だが重要である。部品点数削減のためにむやみに一体化すると、CG上ではうまくいくように見えても実は部品を間に入れることができなかったりしがちである。この時計ではパーツの柔軟性を用いて組み立てができるようにしている。文字板を含む全ての部品がサポートなしにプリントできる形状にしているのも、こだわりポイントである。

ほかの設計例でもせいぜい1回の設計修正で済ませ、何度も作り直すことはまれである。今回の時計も、かなり複雑だが、直立機構の部分試作のほか、ラチェット部分を一度再設計しただけで基本的にちゃんと動くものを作ることができた。しかし今回は、文字部分を四角いパネルでなく文字だけにしたことで、文字同士が引っかかる問題に少し手を焼いた。

例によって3DデータとプログラムはThingiverseで公開している。