3Dプリンタを用いたプリント基板作成
電子回路を手軽に作成するにはユニバーサル基板を用いるが,配線が面倒なだけでなく,多数の電線が重なって美しくない,信頼性に欠ける,大きさや厚みの点で不利,などの問題がある.そこでどうしてもプリント基板を作りたいという話になる.最近は専門業者でも個人の注文を受け付け,少量でも非常に安く作成できるので自分で作る必要性は低いようだが,やはり1個だけ作って終わりのガジェットの基板は自分で作りたい.そこで光造形式3Dプリンタで手軽にプリント基板を作成する方法を試してみた.手順
ここで紹介するプリント基板作成の手順は以下の通り.- 密着性を高めるため,基板表面をスチールたわしや紙やすりで荒らし(いわゆる足付け).十分に脱脂する.
- 基板の両端(2辺)にテープを貼る.
- 3Dプリンタ内の紫外線硬化樹脂内に沈め,上におもりを乗せる.
- 3Dプリンタで露光する(造形する).
- 取り出して洗浄し,未硬化の紫外線硬化樹脂を除去する.
- エッチングする.
作業の実際
まずは小さな基板を切り出してテストした.パターンは Blender で適当に描き,出力した STL ファイルを3Dプリンタのスライサーで読み込ませる.露光時間は24秒で,レジンはSK本舗の水洗いレジンを使用した.
念のためバットを取り外し,パターンが表示されているか確認する(上の写真の左).OKなので基板を重り(手元にあったヒートシンクを使用した)にテープで止めて沈め,露光.
露光後,取り出す(FEPフィルムから手で剥がす)とレジンが硬化したところの見た目が変わっているのでうまく造形出来たことがわかる.洗浄時に強くこすってしまったために小さい方の Text の文字がいくらか剥がれてしまったが,そのままエッチングしたところ右のような基板が得られた.通常の DIP IC の 2.54mm(100mil) 間隔のピンは十分造形できるが,3Dプリンタの露光方式が原因で線が太る傾向にあり,ピン間に配線を通すには線幅や露光時間の調整が必要と思われる(ただし露光時間を短くすると基板へのレジンの密着度が下がり剥がれやすくなる).
エッチング液には入手が用意なクエン酸・オキシドールと塩を使う方法で行った.すべてドラッグストアで入手できる.混合比や廃液処理方法等は他のブログ等で紹介されているので,それらを参考にして欲しい.クエン酸は薬局の薬品コーナーに売っているもの(左下のボトル,食品として使用できる)に対し,掃除用(中央,食用不可)は1/4程度の価格(写真の商品は300円だった)で入手できる.
作例
せっかく基板を作るのだから,ユニバーサル基板ではできないものを,ということで,100円ショップの電卓の部品を流用したRPN電卓を作成した.マイコンはArduinoに用いられている ATmega328Pで,ディスプレイは SSD1306 の型番で見つかる小型の OLED ディスプレイである.この手のメンブレンキーは抵抗値があるので同時押しでも問題ない(デジタル出力がショートして大電流が流れる恐れがない)ため,ダイオード等の付加部品は一切用いていない.
メンブレンキーが接する部分(導電ゴムがボタン裏面の外周に付いている)に出来るだけ2つの電極を交互に配置したいので,パターンはある程度複雑になる.プリント基板専用の CAD を使えばいいのかもしれないが,操作に慣れるまでに時間がかかりそうだったので,使い慣れたパワーポイントでパターン設計を行った.太さのあるところは長方形等の図形を用いても良いし,IC のピンが刺さるランドや配線の部分は丸やコネクタ線の線幅を太くして使っても良い(そのほうが配線とランドが確実につながった図形になる).なお下図で赤線はメンブレンキーの配置を表している.
このように描画したものを3Dプリンタで造形するためには以下の手順でデータを変換する.詳細は以下の動画を見て欲しい.
- 造形に必要な部分をすべて選び,[図として保存] で pdf として保存する.
- その pdf を inkscape で読み込み,[すべて選択] してから [ストロークをパスに変換] を行う.この処理により,太線(幅を持った線)が,その外周の図形データに変換される.
- その svg ファイルを Blender に読み込む.大きさが狂うので,あらかじめ大きさがわかっている図形を基準に拡大縮小して大きさを整える(最初はそれに気づかず,7%ほど狂ったサイズで出力してしまった.穴あけまで終わって IC を刺す段階でようやく気づいた).
- すべての図形を選択し,「押出」機能で厚みをもたせ,STLとして出力する.
この手順で作成したデータをもとに3Dプリンタで造形(レジスト硬化)したものが以下の写真である(ただし前述のように,大きさが少し狂っていたのと,電源スイッチを取り付ける配線がなかったので修正して出力し直した).これを洗浄してエッチングし,穴あけをするとプリント基板の完成である.
完成した電卓は以下のようになった.
同じ3Dプリンタでケースを作成して完成.透明なレジンに少しだけ黒を混ぜてスモークカラーにした.窓部分も透明素材なのでそのまま透過して見るようにした.
いろいろなプリント基板作成方法と,その比較
プリント基板の作成は基本的に,全面に銅箔が貼られた生の基板から,配線以外の箇所の銅箔を取り除く作業となる.昔からよく用いられている方法を含め,ざっとネット見渡すと以下のような方法が見つかる.- (1) 切削による方法
刃物で不要な銅箔を削り取る方法.最近はCNCフライス(パソコンで生成したデータのとおりに刃先を動かすことが出来る工作機械)が非常に安価になり,2万円以下から見つかる.刃先を交換することで,基板の切り出しやピン穴の穴あけも出来る点が特に便利で,機材のコストや置き場所,音,粉塵を問わなければもっとも便利そうな方法で,勧める声も多い. - (2) エッチングによる方法
銅箔を化学的に溶かして除去する方法.残したい銅箔にエッチング液が触れないように覆う「レジスト」をどのようにして形成するかによってさらに多様な方法に分かれる.
- (2-a) 手作業で描く方法.油性マーカーなどで直接基板上に絵を書くなど.油性マーカーのインクがエッチング液が銅箔に触れるのを防ぐ役割を果たす.細かいものを正確に書くのが難しい.
- (2-b) レーザープリンタのトナーをアイロン等で熱転写する方法(例).レーザプリンタが自宅にあればよさげ.レジストの厚みや強度の確保が少し難しい.
- (2-c) 基板を塗装してから,塗装の不要部分をレーザ加工機で焼き切る方法(例).レーザ加工機は上記 (1) の CNC フライスと似た構造で,実際,刃物を回転させるモーターとレーザ光源を交換して共用できる機械も多い.それなら (1) の方法のほうがいいかもしれない.
- (2-d) 普通の3Dプリンタに油性マーカを取り付けて絵を書く方法や,塗装を削る方法(例).線の太さの管理などがやや難しそう.
- (2-e) 感光基板とマスクを用いる方法.感光基板の上に光を透過・遮蔽するマスクをかぶせて露光し,現像することでレジスト(フォトレジスト)を形成する方法.露光後現像処理をする必要がある.また感光基板は生基板より高価で,ドライフィルムは熱で圧着(ラミネート)する必要があるなど工程が多い.また最近はOHPを使わないので,透明なシートに印刷するのに難がある.
- (2-f) 感光基板やドライフィルムを3Dプリンタで露光する方法(例).マスクを作成する必要がないが,ラミネートや現像などの手間は (2-e) と同じである.
- 光造形式3Dプリンタを既に持っている人は,レジスト作成までに余分な機材や材料が必要ない.
- 現像工程が不要で,露光が終了すると不要部分は洗い流すだけで良い.
- 造形に失敗したら剥がしてやり直すことが出来る.スクレーパー等でこすれば,基板上に造形されたレジスト(硬化したレジン)は簡単に剥がれる.