いま新品で買える Faber-Castell 2/83N, 62/83N

ファーバー・カステル (Faber-Castell) は色鉛筆などの画材や高級な万年筆・ボールペンなど,筆記具を中心とした高品質な製品で有名な文具メーカーである.現在広く用いられている6角形の鉛筆は,ファーバー・カステルの創業者が開発したとされている.そしてそのファーバー・カステルは古くから計算尺も製造しており,竹製の計算尺で世界的に有名な国内メーカー HEMMI (逸見)は最初,ファーバー・カステルの計算尺を原型にしたと言われている.そのように歴史の長いファーバー・カステルの計算尺であるが,なんと本国のオンラインショップでは,現在も計算尺が販売されているのだ.ここで紹介する2本の計算尺は,そのオンラインショップから購入した「新品」である.この購入顛末は後から述べるとして,まずは計算尺本体について紹介したい.

Faber-Castell 2/83N

2/83N はファーバー・カステルが最終期に製造・販売した計算尺であり,汎用の計算尺としては極めて多い30の尺度を持つ.その贅沢な尺度構成だけでなく,この計算尺には豊富なオーバーレンジ,巾の広いカーソル,ゴム足のついたブリッジ,主要な尺度につけられたパステルカラーなど,多くの工夫が盛り込まれている.

今回購入した 2/83N の付属品を示す.現役当時は先代モデルが納められていたようなプラスティックケースが付属していたようだが,現在はこのような紙製の箱に納められて販売されている.

前述したように 2/83N には多くの特徴が備わるが,実用する上でありがたいのはこのブリッジの構造であろう.厚めのブリッジにゴム足が付き,表向き・裏向きどちら向きにおいてもカーソルが机に接触せずに快適に使用することが出来る.ブリッジそのものも板金等でなく凝った形状のダイキャスト製と思われる金具が使われており,いかにも最高の計算尺の風格を漂わせている.

表側には T1 T2 K A DF [ CF B CIF CI C ] D DI S ST P の15尺度が設けられている.オーソドックスな構成だが,通常はせいぜい1つか多くて2つまでの逆尺が CIF, CI, DI の3つも備わっており,CI/DI の組で通常の C/D と同じ使い方が出来る点が特徴的である.裏面は固定尺と滑尺の間に W1/W2 尺が刻まれているため,A/B はこの表面に DF/CF を挟む形で設けられている.目盛りが直接的に対向していないので,カーソル操作を併用して滑尺をセットする必要があるが,A/B がペアになっていることを示すために A/B 尺に水色がつけられているのは親切である.

裏面には LL03 LL02 LL01 LL00 W2 [ W2' CI L C W1' ] W1 D/LL0 LL1 LL2 LL3 が設けられている.LL0 と D が共用されているが,目盛りそのものは D 尺を基準に刻まれており,これを LL0 尺として用いた場合には僅かな誤差があることが 1.01005のように示されている.LL尺はC 尺と組み合わされて使われるため,先の D/LL0 尺とあわせて薄緑色に着色されている.一方で L 尺は C 尺ではなく W1'/W2' 尺に対応しており,通常は 0 から 1 までの等間隔目盛りとなっているところが,この計算尺では 0〜0.5, 0.5〜1 までの二重の目盛りになっている.

オーバーレンジが豊富であるため,基線(左の 1 と右の 10)の位置が少しわかりにくいが,薄い色付けにより改善が図られている.また細かなことだが,例えば P 尺の数式説明が多くの計算尺では √1-X2 とかかれているところ √1-(0.1X)2 と書かれいてたり,S 尺が sin 0.1X となっているところなどは親切である(C/D尺 の目盛りに書かれている値は 0.1〜1でなく 1〜10 であるので,このほうが正確な表記であろう).

カーソルは非常に幅広で,豊富な換算機能を持つ.また,計算尺ではカーソルの裏側にゴミが混入することがあり,カーソルが見づらくなったり,最悪には計算尺本体やカーソル裏面に傷が入ることがあるが,この計算尺ではカーソルは表と裏の部品がドライバーなしに分割できるようになっており,いつでも簡単に清掃することが出来る.その際にカーソルの直線の調整は狂いにくいようにできている.ARISTO の計算尺にも同様の機能を持つものがあるが,実質的な工夫である.

Faber-Castell 62/83N

62/83N 上の 2/83N と全く同じ尺度の配置を持つポケット計算尺である.国産メーカーにはあまり例が見られないようだが,海外では机上使用を前提にした10インチ計算尺と持ち運び用の5インチ計算尺をペアにしたものがあり,Pickett などでは1つのパッケージに2本が納められたものもあった.尺度が同じであると併用しても混乱が少ないであろうし,なによりコレクションとして,また所有感を高めるという点でも効果的だと思う.

ポケット計算尺は10インチのものに比べ精度が約半分になるが,この 62/83N では W1/W2 尺を持つため,乗除算については通常の10インチ計算尺に近い精度での計算が可能である.主要な尺度につけられた水色や薄緑色の着色も 2/83N と同じ配置になっている.

62/83N の付属品を示す.上の 2/83N と同時に購入したが,こちらは革製のケースが付属しており,また外箱も現役当時のものと同一ではないかと思われる.説明書は同じものがこちらにも付属していた.

2/83N とペアの計算尺ではあるが,構造はかなり異なる.ブリッジ部分は携帯性を優先し片面に接着されており調整はできない.ただし滑尺は 2/83N と同様に少し長めに作られていて初動させやすく,また両端にすべり止めがつけられているのも同様である.目盛りや文字もくっきりと明確に刻まれており,品質感は高い.

2/83N と 62/83N はペア計算尺ということで,つい長さ以外は同様の計算尺であるように思いがちであるが,ブリッジの構造の他にも,計算尺の高さ,厚みなどがすべて異なる.それぞれの目盛りも多くの場所で細かさが倍程度異なる.当然といえば当然であるが,比較がしやすいように並べてみた.

カーソルの構造も 2/83N とは異なる.こちらは上下の接続部分まで透明アクリルで一体成型されているが,ポケット計算尺らしい軽快さがあって好ましい.こちらは上部に上からねじ込まれた唯一のネジを抜くことで前後を分離することができ,ドライバー無しに清掃することは出来ない.簡単な構造のようでいて,よく見るとカーソル下部の接触部分に金属製のピンが2本植えられていて,摩擦を低減しつつ正確に垂直が出せるようになっていて,手抜きのない構造であると感じさせられる.

本社オンラインショップからの購入

ファーバー・カステルのホームページにはオンラインショップもあり,その中に計算尺の販売ページも存在する.現在(2015年7月),22種類の計算尺がラインアップされており,中には20インチの大型計算尺も複数含まれている.その中から最高の汎用計算尺として名高いペア計算尺である,2/83N と 62/83N を購入してみた.

オンラインショップで商品をカートに入れ決済ページヘ進んでみると,送り先としてはEU圏内しか選べない.そのため日本に直接送ってもらうことは出来ないように思われる.ドイツ在住の友人に依頼することも考えたが,少し特殊な商品であることもあり,トラブルを避けるためもあって,今回初めて輸入代行業者を利用してみた.

今回利用したのは「転送ユーロ」で,購入した商品の送り先として指定し転送だけしてもらう「転送サービス」と,購入の代行も含んだ「代理購入サービス」が行われている.まずは初回ということでコストはかかるが,代理購入サービスを利用した.まずは商品代金に代理購入サービス費用としてその14%を足した金額を振込み,購入手続きを代行してもらう.次に輸入代行業者へ商品が届いた段階で,第2回目の請求があり,日本までの送料実費と転送費用990円を振り込むと自宅へと発送される.イギリスからはヤマト運輸の現地法人を利用して発送されるようで,現地での発送から5日で自宅まで届いた.ドイツ語や英語が出来なくても購入は可能であるし,状態の良いものは ebay 等でも場合によっては新品価格よりも高くなっていることが多いので,試してみてはいかがだろうか.

ただ「新品」といっても現在も計算尺を製造しているわけではなく,過去に製造したものの在庫を販売しているように思われる.そのため計算尺そのものも(我々が日本製の新品に望むような)完全無欠な状態とはいえず,付属の取説は少し黄変しているし,計算尺そのものにも僅かな傷や汚れは見られた.62/83N の箱は長期間保存されたものなのか,角にスレが多く見られた(2/83N のほうはおそらく近年新しく作られたもので,いかにも新品の雰囲気があった.62/83N は革製のケースが付属しているが,2/83Nには付属していない.またどちらも計算尺は直接箱またはケースに入れられており,ビニール袋等には入れられていない).このページには大きな写真を多数掲載したので,気になる方は確認してみて欲しい.

1つ感心したのは,輸入代行業者「転送ユーロ」が英国内にありファーバー・カステルがそちらへ送ったためか,それぞれの計算尺の箱に入っていたドイツ語の取扱説明書に加えて,白黒コピーであるが英語版の取説も同封されていた点である.コピーをただクリップ留めしただけのものであったが,ちょっとした親切心を感じた.