The Timing Chains

ポイント

コンセプト

機械式のデジタル時計を作っていて悩まされるのは、時刻の計数のややこしさである。すべてが単なる10進数なら簡単なところ、時間は12時間または24時間で一回り、そしてその1時間は60分に対応する。分を2桁に分けて表す場合には、1の位は10進数だが10の位は6進数になるので、その場合、1つの時計の中に12, 6, 10 進数が混在することになる。これをいかにスッキリまとめるかが、機械式デジタル時計設計の肝と言ってもいいかもしれない。

普通、各桁には回転する部品があり、それが1周することで数値が一回りする。例えばニョキパタ時計には3つのドラムがあり、1分の桁が1周すると10分のドラムを60度(1/6回転)、10分の桁が1周すると時間のドラムを30度(1/12回転)、回転させるようなメカとなっている。この時計では同じ機構(ゼネバ機構)に1:2の減速ギアを組み合わせることでこれらの角度を得ている。要するに、ある程度部品は共通だが、まったく同じにはできない。また、各桁の間には複数の部品を配置することになってしまう。

各桁に備わる数字の個数が異なるのはデザイン上でも困難を生じる。先のニョキパタ時計や、フラップ式の時計なら問題ないが、1つのドラムの円周上に数字を並べるタイプ、例えば往年のNumechron(戦前の機械式デジタル時計)では、数字の大きさを揃えるためにドラムの直径をそれぞれ変えている。見た目の問題はさておいても、この直径の違いも、繰り上がりメカの個別設計を必要としてしまう。

そこで今回の時計では、なんとかこれらの繰り上がりメカを各桁で共通化することを考えてみた。各桁の直径・形状と回転角度を同じにしつつ、一回りに要する数字の個数を変えるには、この時計のようにチェーン状のリンクを使う方法がある。最初は、このチェーンをなんとか折りたたんで隠すことなどを考えたが、どうしても時計が大きくなって作りにくくなり、材料代もかかるので、思い切ってすべてをそのままぶら下げ、壁掛け時計として設計することにした。チェーン式の時計は他にもこちらにあるように敢えてぶら下がっている部分を見せるデザインがあり、これはこれで装飾的でよいと思っている。

そして繰り上がりメカである。回転部分を共通にするために、チェーン側に細工をする。具体的には、"0" の札にだけ小さな突起を設け、それに上位桁がつながったフック(上図の緑色の部品)を引っ掛けることで繰り上がりを実現する。上位桁を1だけ進める(120度だけ回す)ことに加え、チェーンとドラム(スプロケット)の噛み合いの安定度、時間の見やすさ、時計の寸法を小さくすることなどを考えるとドラムは最小限の三角形が良いという結論になり、見やすさのため停止位置で札が15度だけ上を向くようにした。

チェーン部分をいかに簡単に作れるようにするかという点についても少し工夫をした。3Dプリント界隈では print-in-place と呼ばれる、印刷時にすでに組み立て済みになる構造で設計した。ちょうつがい部分には軸は通っておらず、円錐型の突起と穴が互いに引っかかるようになっている。すべてのチェーンを組み立て済みで印刷することはできないので、分割した部品同士はそのまま押し込めばパチンとはまるような寸法になっている。

厚みが厚いほど print-in-place として作りやすいが、材料代や見た目のこともありチェーンの厚みは最小限の4mmとした。しかし数字の部分も同じ厚みでは見にくくなるので、内部の数字部分は厚みを1mmにして、裏返しに印刷する(そのようにすると見える側の面が平滑になり見た目も良い)。凹んだ裏側にはドラム(スプロケット)の平面がはまり込むようにし、色の異なる素材が重ね合わせられることで数字が読み取りやすくなる。他の時計では数字を塗装するとか、数字の部品を貼り付けるとかの工夫が必要になるが、この時計ではそういう作業が不要で、自動的に表示部分だけが裏打ちされて見やすくなる、また、ぶら下がった部分の数字の視認性が落ちる、というメリットがある。

なお名前の由来だが、タイミングチェーンは自動車エンジンに使われているチェーンのことである。しかし timing には計時という意味もあり、複数のチェーンで計時する時計なので The Timing Chains とした.

3Dプリントする部品点数は全部で42個、チェーンを除くと14個と、比較的少ないので組み立てやすくなっている。例によって3DデータとプログラムはThingiverseで公開している。